かつての高見島

 

 瀬戸内海のほぼ中央、多度津町の沖合に静かに浮かぶ塩飽諸島の一つ「高見島」は、古代から海上交通の要でした。その歴史は古く、島の山頂には弥生時代の高地性集落があったとされています。また、その地には平家の落人が住み着いたなど諸説伝えられています。傾斜には家が立ち並び、自然石の乱積み石垣が残っています。その情景は美しく、屋根越しには瀬戸内海に点在する島々を眺めることができます。

 

 島の暮らしは漁業や海運が中心でしたが、昭和に入ると蚊取り線香の原料である除虫菊栽培が盛んに行われるようになりました。その最盛期には、除虫菊の花が島を真っ白に覆い尽くしたそうです。除虫菊栽培の衰退後はキンセンカ、水仙、スターチスなど様々な花の栽培が行われました。今でも春になると島のあちらこちらで自生化した水仙が花を咲かせ、その名残を感じさせます。

 

昭和32年頃、除虫菊栽培の風景。

写真提供:倉本家(屋号インキョ)